元教師×主夫=親バカ。でもそれがいい。

バカ親じゃないぞ!親バカなんだ!子育て最高!楽しもう!

一つの成長がきちんと見えるから個を見ることは面白い。

最近のフリーティーチャー。

 

ずっとゲームとYou Tube離れられなかった生徒さんが学校からもらった算数のプリントを取り組むことが習慣化してきました。

 

始めたての頃はプリントをしながらもYou Tube。私から宿題を出すことなど現実的でなく、その日に2,3問を解くのが精一杯。

 

しかし今や一日一枚程度のペースで取り組むことができ、解答もばっちり。ほんと成長しました。

 

ここで私が述べる成長とは、算数ができることではなく、算数に取り組むことができる、ということ。

 

これにはゲームとYou Tubeから離れ、机に向かうことが習慣化してきたこと。算数に対して自信が付いてきたことなどが表れています。

 

集団が目に付く学校ではこうした変化は見えにくいもの。個別で関わるのことの良さを実感しています。

 

次も頑張ろう。

 

 

答えは子どもの中に

個人懇談を終えまして。

 

いやぁ、怒られなくてよかった!!怒られるようなことはしていないつもりですが、やっぱり保護者の方とお話するのは緊張します。

 

やっぱりそれぞれ悩みを抱えているようで。

 

どうしたらいいのか悩みます〜って言う方がほとんど。

 

子どものことで悩むことって当たり前だし、むしろ楽観視しているのもどうかと思うのです。

 

そして見ているところが的確だなぁと思いました。

 

今のクラスの保護者の方々はおそらく教育レベルが高め。よく子どもたちを見ている。

 

集団の中で見せる姿と家での姿は別物の子が多いけれど、家での様子から学校での様子をちゃんとイメージできてました。

 

まぁだからこそ悩むんだと思うのですが、正直、一撃で何かを改善できる手立てがないのが教育。だって十人十色なんだもの。

 

だから言います。

 

答えはその子の中にアリ。

 

何をどうすれば変わる?成長する?改善するる?などなど。

 

参考になる育児本、教育本は世に溢れていますが、全て受け売りでやってみてもダメ。

 

ほんとにその子にマッチしてこそ効果あるんですよね。それが教育というジャンルの難しさで面白さ。

学校ではできない?!どうかな。

前回のフリーティチャー。

 

小2ということもあり、かけ算を学習する時期です。なんとなくこれがいい、ということで、4の段に挑戦!

 

まぁ九九カードなんか見向きもしていないから手出しができないだろうと思っていたのですが、「とにかく4をたしていけばいいんんだよね?」と言い、あっさり攻略。計算力が高い。

 

文章問題は4×8になる問題。パッと4×8ができないと判断したのか…

 

 

ふと「8が4つでも一緒だよね??」とつぶやく…

 

 

いやいやいや!!どっから出てきたそれ!?交換の法則をどこかで得たのかなんなのか。

 

極め付きは別の問題。2の段に取り組んでいたところ、式が2×7になる文章題に遭遇したら…

 

 

「2が5個で10。残った4を足して14」と考えたそうです。まじか。

 

すごくないですか?どこからか得た知識、スキルを駆使する力。言葉にして表現する力。むっちゃ高い。

 

もし学校で九九を学習していたらこうはならなかった可能性は高い。

 

これって学校では身に付きにくいかも。始めに九九をごそっと教わるから。九九を覚えることよりこういう考え方できる方が大事じゃないかなぁ。

 

 

 

 

普通じゃないと言われるくらいがちょうどいいかも。

前任校の学習発表会へ行ってきました!

 

すごく頑張っていた6年生の子どもたち!嬉しい!

 

まず配役にびっくり。君がその役!?という嬉しいサプライズ。成長したなぁ。

 

そして少人数ならではの出番の多さ。名前のない役でも出番がたくさん。歌ったり踊ったり運んだり照らしたり。見応えありまくりの50分でした。

 

ものすごく練習したんだろうなぁと思い、終了後に子どもたちに聞いてみると、朝練習も自主的に行っていたのだそう。

 

ここは変わらないなぁ。えらいっ!!

 

しかし…学習発表会に向けた時数の削減を進めている学校が多い中、私の前任校も例外ではなく。

 

これも子どもたちに聞いてみると、なんと20時間以上。期間にして1ヶ月半は練習していたとのこと。丸1日時間を使ったこともあったって。

 

 

学校としては反則でしょう!!先生!!

 

でもね。目的によってはアリだと思うんですよ、私は。むしろ先生ってこれくらいでいいと思う。

 

「これぞ!!」と思うこと。子どもが熱中していることにズドンと時間や環境を与えてあげること。

 

「学校で決まっているから…」と動かないんしゃなくて、自分をしっかりともって貫けること。これって教師の一つの資質。

 

目の前の子どもが第一。そこに教師が力を入れずにいつどこで頑張るんだいっ。

学べよ、教師!

教師って時代の最先端を行くべきと思うんですよ。

 

例えば小学校というカテゴリなら10年後に社会に出る子どもたちと過ごしているわけで。

 

10年後を考えることのできない、頭が化石化した大人に何が教えられると??

 

昔自分が受けてきたような授業をしている教師たちよ。

 

古い。

 

10年後のことなんか誰にも分からないけれど、分かろうとする、学ぼうとする姿勢は絶対に必要ですよね。今と違うことは明白なのだから。

 

じゃないと子どもに「学べっ!!」って言えないし、10年後に必要なことなんか身につけさせることなんかできませんよね。

 

何か現状に満足してる、自分の過去の遺産に頼ってる先生多いような。

 

学ぼう、先生方!!

学ばせたいより学びたい

大人の「学ばせたい」と子どもの「学びたい」

 

どっちが大事だと思いますか?

 

ちなみに学校の授業は前者を大切にしているように思います。子どもの思いよりも大人の思い。

 

例えば理科の実験では始める前に制限を加える人が多んです。

 

事故を防ぐためならいいのです。でも違うこともあって、子どもの思考が散らばるのを防ぐためでもある。

 

いやいや。散らばったのをまとめるために教師がいるわけで。そもそも散らばらないようにレールを敷くのはなんか違う。

 

時間的制約があるのは分かります。「そんなに長い時間、実験できないよ〜。」って。

 

それは面白みのない単元を真面目にやりすぎだから。面白くないものは面白くない。チャチャッと終わらせればいいのに。変なところ真面目だから学校の働き方改革も進まない。

 

面白くなさそうな単元を面白いものにするのは教師のスキル。それは分かる。でもそれ以上に子どもの「面白い!やりたい!」を優先すること、大事じゃないかなぁと思う今日この頃。

 

 

読めることが活きる力に

 

AIに負けない子どもを育てる

AIに負けない子どもを育てる

 

 

 

まだ読んでいる途中ですが。

 

高学年算数やってると特に思うのです。

 

数直線を使って立式!という思考が大事にされている単元がいくつかあるのですが、それ以前に問題文を読み解いて数直線を描くことができないなぁ、と。

 

読めなきゃ算数できません。

 

ちなみに社会も同様。語彙力なくて、社会的事象が理解できない。

 

理科もそう。読めないから書けないパターン。これ、関係あると思います。

 

「流れる水は土地をけずり、運び、積もります。」

 

いやいや。主語変わってますから!

 

悩みますね。どうすれば良いのやら…。

 

 

 

この本の中に読解テスト載ってます。

 

やってみたらズタボロでした。がっかり。泣ける。

 

 

 

難しいんだけれども、読むということが知識として得られる本です。確かに子どもたちに必要だなぁと思うことばっかり。

 

読むべし!読むべし!