元教師×主夫=親バカ。でもそれがいい。

バカ親じゃないぞ!親バカなんだ!子育て最高!楽しもう!

色のある学校と。そして先生と。  ~学校再生を願って④~

「自分はこういう人間です。」「これが苦手です。」「得意なことはこれです。」と言えるでしょうか。

 

日本ではそういうことを堂々と伝えること、あまり多くないですよね。

 

みんな一緒でみんないい。そんな文化がある日本。それが普通。

 

でも、それが子どもの歩みを止めている気がしませんか。

 

子どもに「自分の考えを主張せよ!」と言ってもできないのは無理のないこと。そうなる指導をしているからです。

 

これからの子どもたちはもっと自分を出せるようにならないといけない。AI時代を生き残れない。

 

自身の考えを主張する子どもを目指すなら、現状の教育は転換させなければならないと思うのです。

 

その一歩目。学校も先生も、「私たちは、私はこう思っています。こういう学校、教師なのです。」と主張すべみんな一緒でなくてもいい。

 

しているって?学校目標掲げているって?

 

あれって、飾りですよね???きれいな言葉を掲げて具体化していない。曖昧なんです。大人にとっても子どもにとっても。それが学校教育目標。結局学習指導要領を基に、どの学校も同一の教育を提供しているに過ぎない。

 

確かに効率よく、一見よくできたシステムですよ。大人、組織に従順な人を育てるためのね。

 

でもそれじゃダメなんですよね。みんな一緒システムを元にしていると個は伸びない。私が言いたいのはもっと詳しくしようぜ、ということなんです。学校も先生方も個を大事にしようぜ、ということなんです。

 

うちの学校を卒業したら、こういう力、ついてます!と主張すべき。

 

私のクラスではこういう子を目指してます!と主張できるようになるべき。

 

ただし、もちろん子どもの個に応じた教育は忘れてはいけないので、個人差がでてOK。

 

一つでいいんですよ。あれもこれもしなくていい。うちは!私は!これだっ!というそれぞれの「色」があるのって大事。

 

「あの先生のクラスはいつもこんな風に育つなぁ。」と思ったこと、ないでしょうか。これってその先生の「色」の表われです。

 

私の場合、「自主性」が1年間のテーマでした。

 

いわゆる事前指導はカット。先に与えて道を作らない。

 

それよりもその場で子どもがどう感じてどう行動したかが大事。終わったら一緒に振り返りをして、必要ならばアドバイス

 

子どもの「僕たちはこう考えたのでこうしました。」という言葉はとても大切にしていました。それで多くはうまくいく。失敗してもいい。子どもだし。

 

あれこれ言わなくても、子どもたちは大切な事を理解しているものです。もちろん指導が必要なこともありましたが。

 

授業のスタイルだってそう。もうすることが分かっているときは、自分たちで移動したり授業を始めたり。立ち歩いて友達と一緒に考えるのは当たり前。机は常にグループ隊形。

 

「本当に力が試されるのは先生がいないときだよ。」と、よく言ったものです。

 

 これが私の「色」でした。昨年度最後の懇談で「うちの子、自主的に行動するようになりました!」と嬉しい言葉をいただけたのは、きっと一生忘れないと思います。

 

私は自分の「色」を出すことで子どもたちを伸ばすことができたと思っています。子どもたちも考えることが明確になったからでしょう

 

教育の質を変えるなら、まずは大人から。もっと「色」を出した学校や先生が増えることを願うっ!!