FTこっしぃの興育研究所

興味の興で興育!教えるんじゃない!子どもの興味が子どもを育てるんだ~!!

生きる知識と生きない知識

前回の続き。

 

『知識』先行の教育。覚えるところからスタート。そこから何かを考えるというスタイル。私は、大して興味のないことを学ばせられるというイメージをもっています。

 

よく「意欲づけ」といった言葉を使って子どもたちが興味関心をもてるよう道筋を作ることを教師はします。それが上手くできることがスキルの一つ。力のある教師、いい授業の基準となっています。

 

否定はしないし、それをできる先生はすごいとも思います。

 

でも結局それって押し付けではないでしょうか。子どもにとって、真の興味関心と言えるのでしょうか。そこで得た知識は本当に生きるものといえるのでしょうか。

 

もちろんそこから子どもたちが更に深めたり広げたりするケースもあるとは思いますが、それは稀。40人いるクラスの中でほんの何人か、または0でしょう。

 

そこに労力や時間をかける必要はあるのか疑問です。

 

では生きる知識とは。

 

それは何かを行う上で必要になるものだと思うんです。そしてそれは何かを行ってみて初めて身に付くものだし、必要性を感じるものじゃないかと。

 

例えば。

 

バスケットボールをする前に、シュートの名前や仕方。その他の技をしこたま教えてからプレーさせる。まぁ楽しむだろうし、上記した知識も役に立つでしょう。

 

対して、とにかくプレーさせた上で疑問やもっと向上させたいと子どもが訴えた状態で上記したような知識を与える。その上で、先程挙げた知識を与える。もしかするとシュートの名前は子どもたちにとって必要ないかもしれない。そして前者でプレー前に教えたことは、後者では子どもは求めないかもしれない。求めなければこちらから敢えて教えなくてもいい。結果、知識としては前者よりも足りなくなる。

 

でも。でもですよ。その後広げるのはその子次第。広げたいなら与えればいいし、自ら見出していくかもしれない。必要としていないものをわざわざ提供しようとするから授業が面白くないんです。

 

少し話は逸れましたが、さてどちらが生きる知識となるでしょう。今回例示したのは同じ知識。同じ知識でも、経験を基に得ていくものは、より定着すると思わないでしょうか。

 

更に、「チームプレーで!」とスタートするのと、試合をこなしていく中で、チームプレーの良さ感じ取っていくこと。どちらが子どもにとって深い学びとなるでしょう。

 

知識先行と経験先行。これって学校だけじゃなくて、家庭でもそうですよね。